塗 り 潰 し た 色 の 世 界 で

原作ベース。


見えない壁にぶつかったようにそれはきえた。

幻界へ来て初めて思い通りにならないことにぶつかったミツルは苛立ちを覚えつつ、それでも神経を研ぎ澄ませてもう一度呪文をとなえた。高らかに掲げた人差し指をもって、稲妻を落とす。細く鋭く集中させたそれは通常よりも破壊力が増している。それでもこのスラの森の結界は破れなかった。
「さて、どうしたもんかな…」
そのまま吸い続けていれば頭がおかしくなってしまうスラの葉の香りは簡単な結界で防いではいるものの、それだって長時間続けていれば魔力が消費するのは目に見えている。この森の結界を作り上げた元を断たなくては駄目だ。こんなつまらない初歩的な結界で足止めを食うわけにはいかなかった。行くべき先はあるのに抜け出せない苛立ちが魔法に影響して、本来の力よりも少しだけ威力を落とさせていることにミツルは気づけなかった。

幻界のミツルは、芦川美鶴であることを捨てたはずだった。それでも今ミツルは思っていた。
これではまるで現世の再現のようじゃないか。
すべてを失ったあの夏の日。あの日から世界は色褪せて、モノクロに変わった。心の底から笑うことも泣くことも怒ることもなく、親戚の家をたらいまわしにされて、誰もが腫れ物に触る手つきで美鶴に接した。大変よね、と優しい言葉をかけてくれるけれどそんなのは建前にすぎないことは最初から承知していた。大変だと?大変だなんてそんな安っぽい二文字で片付けられるものか。

死のうとしたこともあったが、失敗に終わってしまう。そうしていくうちに思った。
父親が残したのは、簡単に死ねない呪いなのだ。
あの女から生まれ落ちた美鶴に、自分と同じだけのくるしみを。

それでも、要御扉は開いた。
運命を変えるために。アヤを取り戻すために。
アヤだけは、生き返らせてやりたかった。その道が明るく楽しくていいはずがない。自分に降りかかる孤独の分だけアヤに近づける気がした。

それでも、ワタルと出会った。

ワタルと出会ってからのミツルは、自分の願いが揺らいでいくことに怯えていた。
ワタルと一緒に居たいと、願いはじめた自分を抑えつけた。森を焼いた。廃墟を作り、瓦礫の山を歩いた。

ほら、ワタル、見てごらんよ。こんなに汚い。この手は血がこびりつき、非難の声で耳は潰された。
(だからどうかぼくをつきはなしてよ。)

「言え、もう一人の“旅人”はどこだ」老神教の信者がワタルを押さえ付けて脅す。
「ここだ」嫌だとかぶりをふるワタルを見れば、そう自然と口が動いた。自分が処刑されるって時に他人を庇うなんて本当にお人好しだなお前は。そう自然と口が緩んだ。

だけどどうして?

この手はきみを求めて、きみの声を待っている。

驚いたきみと目が合う。甘い痛みがこころから体中に広がって、痺れを伴ってとけてゆく。


運命の塔にたどり着けたら、
願いをかなえられたら、
そこできみとあえたなら、
何を話そうか。


2006.08.10
原作トリアンカにて。
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