触れ幅、 幻、 秤の重さは

原作ベース。


ハルネラを知って、諦めて、動けなくなってすぐだった。黒衣の魔導士は闇にまぎれて、ガサラの中央にある樹の枝に立っていた。ワタルはハイランダーの見張り番でそれを見つけて、慌てて彼の元へ飛んでいった。

ワタルがそこへ着くなり魔導士は開口一番にこう言った。
「お前、何やってるんだ?ここは最初に来た場所、いわばスタート地点だぞ」
「いいんだ、ミツル。僕は…。ミツルだって、どうしてここに来たのさ。スタート地点、なんだろ?」
ミツルは何も答えなかった。代わりにワタルの腕をぐいと掴んで引き寄せた。二人の顔がぐっと近くなって、言った。
「質問しているのは俺だ。俺のことは・・・どうでもいい」
苛立っている。どん、と突き放そうとした手が、ワタルの手に掴まれた。強い力。こんな力、どこから?

ワタルは真っ直ぐな瞳でミツルを貫いた。
「帰ろうよ、ミツル。一緒に戻ってさ、そしたら夏休みだよ、僕、海の家に行くんだ。ね、一緒に行こうよ。たくさん遊んでさ、それから、…」
それが無理な事だとわかっていても、心からそう願った。言っているそばから霧になって消えていくのがわかっていても、声が震えても、続けた。
ミツルの瞳の奥がかすかに動いたようにみえたけれど、錯覚かもしれなかった。
気がつくと頬は涙で濡れていて、ミツルを抱きしめるように、泣きじゃくっていた。

ミツルがハルネラを知っていようといまいと、どうでもよかった。どうせ選ばれるのは自分なのだし、その事実を知っても彼は胸を痛めるようなことは無いのだ。そう思うと余計くるしくなったが、今ならどうとでもごまかしがきいた。

ねぇミツル、僕がいなくても、君はなんとも思わないのかな。
僕の言葉は、ひとつも、届かないのかな。

「もういいから、」
短くそう言って、それ以上言葉を紡ごうとしたワタルの唇は塞がれた。ミツルのそれは、自分の涙のせいで、しょっぱかった。驚いて、衝動的に緩めてしまった手の一瞬の隙をついて、ミツルはワタルからするりと逃げた。
ひらりとローブを翻すと、先端に付いた宝石が、りん、ときれいに鳴った。
それでもワタルにその音は届かず、代わりに自分の身体から血の気が引く音を聞いた、ような気がした。
ぐらりと足元が揺れて思わず一歩、後ろへ退がった。
「なんだよ、それっ・・・」
「言葉どおりだよ」
もういいんだ。もうどうでもいいんだよ。
そんな夢みたいなお話は、もういいんだ。
お前との未来なんて、俺は望んでいない。
アヤ。俺にはアヤだけがすべてなんだよ。
ここへ来たのも、それを確認するためだ。
そう、ただ、それだけのはず、なのに…

どうか、どうか、おねがいだから、俺に構わないで

「じゃあな、ワタル」
杖を掲げると、宝玉が輝いた。

「待って、ミツル・・・!!」
手を伸ばしても、今はもう届かなかった。

ミツルは少しだけ振り向いて、今にも泣きそうにわらって、”サヨナラ”と呟いた。
何度目のサヨナラだろう。
目尻にたまった涙を拭っている瞬間に、ミツルは消えた。

2006.09.09
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