明 日、雨 上 が り の 名 前 を

映画設定。


「殴らないのか」
フレンがぽつりと呟いた。
ユーリはフレンに背を向けて自分のベッドに座っていた。窓からは満天の星が見える。
結界魔導器が消滅した空は、たくさんの星が瞬いている。
名前も知らない星でも、それを見上げているとユーリは自分の心が落ち着いていくのを感じていた。

「殴られたいなんてお前結構な趣味してんな」
「からかうな」
寝転がって背を向けているであろうフレンの言いたいことはわかっている。殴りたい気持ちも、殴られたい気持ちも。
「僕のせいで、隊長は…」
叫びたい気持ちを押さえつけて絞り出した声は、言葉尻が掠れていた。
「あんな事言った僕を隊長はかばってくれた…っ」
フレンは苛立っている。偉そうな事を言ったくせに、自分は何も出来ないどころか足を引っ張っていたのだと。
わかっていても、同情して殴ってやる気なんてなかった。

「フレン」
その声をフレンが聞いた時には、ユーリはフレンのベッドの上にいた。
フレンの身体を跨いで、覆い被さる。その後に言葉は無くて、ユーリはただじっとフレンを見つめるばかりだ。沈黙が続いた。殴られるんだろうと身構えたフレンは、目 を閉じ抵抗せずにいた。

「…っ!?」
殴られる感触ではなかった。唇に何かが触れている。何事かと目を開ければ、ユーリはまだ唇を押し付けたままだった。
「お前を殴ったって、隊長は帰ってこねえ」
あまりにも真剣な表情だったので、怒ることも出来ずにユーリを見る。
なんでこんなことをしたのか?なんで今このタイミングなのか?意味がわからなかった。

「誰もお前を責めちゃいねーよ」
「…ユーリ」
君はどうしていつも、最後の最後で欲しい言葉を放り投げてくるんだろう。
その直後、あ、やばい、と思ったフレンは、慌てて右腕で両目を隠した。
「う、く…っ」
隠しきれずに頬に伝い落ちる涙。
虚勢を張るくせに、いつも誰かに認めてほしかった。こんな弱い自分を見ないでほしい、そう思えば思うほど涙はあとからあとから溢れてくる。

「俺しかここにはいないんだし、我慢すんな」
金色の髪をユーリの指が梳く。何度かさらさらと梳いては零したあと、フレンの隣にころりと転がった。
それでも目を覆い隠し声を噛み殺したままのフレンに、ユーリは苦笑いをした。
「ったく、我慢強いことで」

ユーリは右肘を支えに上半身を起こすと、左腕でフレンの体を寄せた。
自然とフレンはユーリに抱きしめられるかたちになる。
顔をあげたくなくて、フレンはユーリの喉元に額をくっつける。
「なあフレン」
ユーリは左手でフレンの背中をぽんぽんと叩くと、金色の頭を抱え込んだ。
「昔は逆だったよな、はは、立場逆転だ」

幼い頃は、誰にも弱さを見せずに強がっていたユーリ。それでもフレンだけはそれを見抜き、ユーリもフレンにだけは甘えて泣いた。
あの時はフレンが、大丈夫、僕しかいないよ、とユーリの頭を抱きしめて、泣きやむまでずっとそのままでいてくれた。
反対にフレンが泣いてユーリがあやすようなことは少なかった。
だからこそ今になってフレンが抵抗もせずにこの状況を受け入れてくれているのが、ユーリにとってはなんだか嬉しいのだ。

「明日俺はここを出て行く。だから今のうちに甘えとけ」
「…っ、ぅぇ」
フレンの右手が震えながらユーリの背中にまわり、服をぎゅうっと掴んだ。

「…俺も、ひさしぶりに甘えよっかね…」
フレンが嗚咽をこらえていると、自分の上からも喉をひきつらせ、鼻を鳴らす音が聞こえた。
「ゆ、り…?」
頭をあげてユーリの顔を確認しようとしたが、「見るな馬鹿」と頭を押さえ込まれた。
フレンの背中を優しく撫でていたはずのユーリの手は震えて、フレンをかきいだいていた。
「っ、ユーリ、ユーリ…ごめん…隊長…っ、僕が…」
「…っるせ、」
見なくてもわかる。ユーリが泣いている。それを認識したフレンはもうこらえきれなかった。

泣きながら抱き合った事はうんと小さい頃に何度もあった。ケンカの仲直りの時や川に落ちたユーリが助かった時、二人で世話した猫が死んでしまった時。
あの頃をフラッシュバックしながら、でも昔とは何かが違うと感じていた。

互いの服を互いの涙で濡らしながら、明日からはまた頑張るから今だけは、と誰にともなく祈った。

2010.03.06
映画設定。
シャスティルが起きた時、この二人だけ泣いてなかったので泣かせたかった。
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