忘 れ 水

アレフレっぽいなにか。


ユーリたちはザウデ不落宮に来ていた。
最初はリタとジュディスがザウデの調査に行くというだけの話だった。
だが、エステリーゼがわたしも一緒に行きたいですと言い、そうするとカロルが女の子だけじゃ危険だよ!ボクたちがついていってあげると言った。
最後にレイヴンがおっさんを置いて行かないでーと言えば、ユーリも行くしかなかった。
エステリーゼは最近ずっと副帝として城の仕事に追われていたから、まあ気持ちはわからないでもないのだけど。

フレンが、ザウデに行くなら僕も連れて行ってくれないかと頼んできたのだ。






リタとジュディスが中心となって、調査が始まった。
今回は通ったことのない道や、隠し扉など、望鏡の墓所のような隠しルートがないか探すこと。
それぞれ分かれて調査する場所を決めようとした時に、それまで黙っていたフレンが顔を上げた。

「危ないから、一番上は僕が行く」

突然の申し出に驚いたけれど特に反対する理由もなく、フレンには頂上を任せ、それ以外の場所の割り振りを決めた。




ザウデ不落宮の頂上はすっかり綺麗に片付けられていて、何も無かった。
白く丸い床を囲むように水が滝となって降り注ぎ、それが壁の役割を果たしていた。


フレンはその腰に下げていた剣を抜くと、切っ先を空へかざした。
ホワイトナイトソード。
歴代の次期騎士団長候補が装備してきたとされる剣。
フレンに渡される前は、団長候補だった時代のアレクセイが装備したといわれている剣。

掲げた剣が太陽にきらりと反射して、フレンは目を細めた。

これも、形見になるのだろうか。

この剣は騎士団のものだけど、フレンが使用する前はアレクセイだけが使用していたものだ。

よくよく考えてみれば、アレクセイとの甘く密やかな思い出はたくさんあるけれど、形として持っているものは何も無かった。
溺れるように身体を重ねて、ずっと一緒に居たのに、何一つ形には残っていない。

若いアレクセイが希望に燃えた瞳でこの剣を掲げている姿を想像したらなんだか笑えた。
笑ったら涙が一筋、頬を伝った。

「さようなら、アレクセイ。僕は、あなたに出会えて良かった」

涙に濡れた瞳で剣の切っ先のその向こうを見上げると、虹が見えた。
ゆらゆらとぼやけた虹は、その色を消えそうなほど薄くしたりしていて、とても不確かだ。

「ああ、好きな花を聞いておけばよかった」

執務室に花は飾ってなかっただろうか。それすら覚えていない自分は、本当にアレクセイしか見ていなかったのだ。
もっと早く気付いたなら、今ここに用意してこられたのに。

掲げた剣をそっと降ろし、握った手と柄の間に唇を寄せ、そっと呟いた。
ゆっくり瞬きをひとつすると、その場から背を向け、下へ続く階段へと歩き出した。







階段の下には、こちらに背を向けたユーリが立っていた。
フレンがどれだけ近付いても、振り返ることはなかった。




「この上には何かあったか、フレン」




ユーリの表情はわからない。





「いや、何も無かったよ」



そう、
なにもなかったのだ。
何も。




「そうか」





じゃあ行くか、と扉に手をかけるユーリのあとに続いたフレンも、後ろを振り返ることはなかった。
ホワイトナイトソードは、フレンの横に今もある。

2010.03.28

ホワイトナイトソードの説明文を見たらたぎった。

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