――青と白のその先に Scene:04 広がる世界

森は本当に抵抗しなかった。 いいよなんて言っておきながら、少し震えていたようだったが。 だけどそれもひっくるめて、愛しいと思った。 森のすべてがオレの心を掴んだまま離さない。 ああ、どうしてオレはこんなにも彼女を求めているのだろう。 「少し歩くか」 学校を後にして、このまま別れてしまうのはためらわれた。 「うん」 森はオレの隣でちいさく頷いた。 いつも通る下り道は生徒がいないせいなんだろうか、少し違ったように見えた。 それと同時に、後ろめたさが頭を過ぎる。 そう、オレは記憶を奪われてなんていない。 植木のこと、あのバトルのこと。 本当に何もかも伝えなくていいのか? 知らないふりをして森に近付いて、記憶が無いことを確かめて、 それでオレはどうしようっていうんだ。 そんな手段で森を手に入れてどうしようっていうんだ。 「やっぱそんなんするモンじゃねえよなァ」 すべてを投げ捨ててレンアイに走るなんてのはもうオレには出来そうにも無い。 川原の土手をなんとなく見ながら歩く。 そうだ、この道から植木は行ってしまったんだ。 この道が最後だったことも覚えてないはずの森が、ぽつりと呟いた。 「私、もう誰にもらったのかも分からないんだけど、このお守りを持っているとね、 不思議と何とかなるんじゃないかって思えてくるの。 この記憶の奪われた世界も、永遠に続きはしないって信じられるの」 正直、オレは驚いた。 ビデオの中の植木を見ても何の反応も無かったのに、 その手にはしっかりと植木からもらったというお守りが握られていた。 「誰なんだろうなあ、これくれたひとって。思い出せたら、お礼が言いたいなあ」 森の、そのお守りを見つめる瞳はとても優しくて、植木を見つめる瞳そのものだった。 ひとつ、短い溜息をついて、オレは賭けに出ることにした。 あらかじめ結果の分かってる賭けだ。 「・・・かなわねえなあ」 「え?」 「お前に、世界の記憶を戻せるチカラがあるとしたら、どうする?」 「何それ。そんなチカラとかあるわけないじゃん」 「だから、もしもの話だ」 「行く、かな。だってこのままは嫌だし」 「それがどんなに危なくて大変でもか?」 「・・・それでも、後悔はしたくない。もしそんなチカラがあるなら、だけど」 「そうか。なら、行け。後悔しないように」 「え、何言ってんのコバセン?」 「あるんだよ、本当にお前にそんなチカラが」 話さないつもりでいたこの事件の真相を、オレは話した。 「言わなきゃ、このままでいられた…か」 少し惜しいことをしたかなと思ったが、 それももう届かないところに彼女がいればどうしようもない。 小さく遠ざかっていく後姿に投げかけた言葉は、届かないまま中途半端な距離で落ちた。 きっと彼女はもうこちらを振り向きはしない。 それが二人を物語っているようで、舌打ちをした。 オレは短い夢を見たんだ。しあわせな幻を見たんだ。そうして、振り切るように目を閉じた。 煙草に火をつけて息を吐きながら、次に会えるのはいつだろうかとぼんやり思った。 きっとそのときは、三人で会えるはずだ。 あの二人なら、どんなに困難な道でも必ず乗り越えて戻ってくる。 バカみたいに信じている。 信じていられる。 彼女はただ、大切なひとと会えると信じて駆け出していった。 2006.04.29 コバセンは天界人だから記憶を奪われていないなんて設定でした。 (天界人ならロベルトとかバロウとかもいるじゃんというツッコミは受け付けません/ぇ) コバセンは森ちゃんも植木もだいすきなんです。でもヘタレなんです。 記憶がなくても写真や手紙、お守りが残ってる。それってどういう感じなんでしょう。 二人とも性格違うような気がしますが、パラレルなのでお許しください〜。 実はラスト、このままコバセンが植木無視して終わるかどうか最後まで迷いました。 back