――青と白のその先に Scene:01 砂のライン
わたしたちはみんな、 『消えてしまった』という認識すら消えてしまった、らしい。 ほんとうに大切なものは、いったいなんだったんだろう。 『現在、世界中で特定の人物の記憶だけが消えるという事件が発生しています。 原因はまだわかっておらず、一部では新種ウイルス説や・・・』 番組を変更して連日騒ぎ立てるニュースが映し出す、街中で起きる暴動、行き場のない人々。 家族や親友、恋人という認識はこの世界から消えた。 これまでに築いてきた関係がすべて壊れて、それを修復するのはとてもとても難しい。 ゼロからはじめること、それは想像以上に恐ろしくて、大変で、悲しいことだった。 自分が覚えていても相手が覚えていなかったり、その逆もあったり。 それが何よりも苦しくてつらかった。 わたしの知らない誰かがわたしを覚えていてくれているかもしれない。 そんな小さな希望を誰もが胸に抱えて、他人と接することにおびえる日々だった。 誰かに会えそうな気がして、大嫌いなはずの人混みにも行った。 だけど疑心暗鬼な人たちがいるだけで、何もなかった。 その帰り道だった。 「おう、森。何やってんだこんなところで」 その声に振り返ると、知らない人がひとり、立っていた。 「春休みだからってハメはずしちゃいないだろうなあ」 確かにわたしに話しかけている。 ぼんやり歩いていたわたしの頭が、一気に覚めた。 このひとは、わたしを知っている! 「ねえ!あなたはわたしを知っているのね?」 「あ?あぁ、森あい、だろう?」 間違いない、わたしを知っている。 「でも、ごめんなさい。わたし、あなたのこと覚えてないよ・・・」 それってつまり、このひとはわたしの大切な人? 「何、気にすんな。オレもだ」 すっかりしょげたわたしの頭に手をのせる。 その手はおおきくて、あったかくて、知らないはずなのに安心する。 「卒業アルバム見て覚えてるんだ」 「卒業アルバム・・・?」 「そうだ。忘れちまったならまた覚えりゃいい。オレは小林。お前のクラスの担任だ」 「・・そう、先生・・・だったんだ」 そのときからはじまったんだ。 その関係が前と同じである必要はまったく無くて、ふたりで新しい関係を築いていけばいい。 「ねえ、少し話そうよ。わたし、誰かに会えそうな気がしてこんなところまで来たんだもん」 しょうがねえなあ、とわたしの髪をぐちゃぐちゃにする手。笑う顔。煙草の匂い。 そのどれもが、なんだかすきだな、と思えた。 わたしたちは、確かにここから歩き出したんだ。 2006.3.28 next back